熊本地方裁判所 昭和41年(レ)26号 判決 1966年10月26日
控訴人 国
訴訟代理人 斉藤健 外八名
被控訴人 室原知幸 外一名
主文
原判決中控訴人の申請を却下したる部分を取消す。
執行吏は、控訴人の申出があつた場合には、控訴人の費用をもつて、別紙物件目録記載の(1) の土地中、別添実測図の赤色部分イロを結ぶ線以南及びロハを結ぶ線以東にある(5) の建物集水設備、水槽、送水管等一切の工作物及び別紙物件目録記載の(1) (2) の土地上の送水管を撤去しなければならない。
執行吏は控訴人の申出があつた場合には、別紙物件目録記載の(1) (2) の土地の使用を許さなければならない。
訴訟費用は、第一審は日田水材市場株式会社の負担部分を除き、被控訴人両名の負担とし、第二審は被控訴人両名の負担とする。
事 実 <省略>
理由
(一) 熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕字鳥穴五、八二七番の六山林二畝一五歩のうち別添図面中赤色部分実測二畝七歩(以下本件(1) の土地と略称する)、同所五、八二七番の一山林一反六畝六歩のうち別添図面中赤色部分実測九歩(以下本件(2) の土地と略称する)、同所五、八三〇番の一山林一反歩のうち別添図面中赤色部分実測二歩(以下本件(3) の土地と略称する)が、もと訴外穴井隆雄の所有であつたものを、本件(3) の土地については、昭和三九年七月一〇日、本件(2) の土地については、昭和四〇年五月一一日、本件(1) の土地については、昭和四一年二月一五日、いずれも控訴人が買受けて、その所有権を取得し、その頃所有権移転登記を経由したこと、同所五、八二七番の五河川敷一畝一一歩(以下本件(4) の土地と略称する)はもともと里道であつたが、昭和四一年二月九日、建設省のために所有権保存登記がなされたことは当事者間に争がない。
(二) 被控訴人等は本件(4) の里道は国有でないと主張するので判断するに、
一、わが国において土地の私的所有権が法的に認められたのは、明治五年二月一五日付太政官布告第五〇号「地所永代売買の儀、従来禁制の処自今四民共売買致所持候儀被差許候事」をもつて始まり、同年二月二四日付地券渡方規則に基づき、私有地については地券が発行されることとなつた。
二、然るに道路については、明治七年一一月七日付太政官布告第一二〇号布告当時から山岳、岳陵、藪、原野、河、海、湖、沼地、沢、溝梁、堤塘等と共に、官有地として地券発行の対象外とされていたのである。
三、地券制度は明治二二年三月二二日付刺令第三九号、土地台帳規則の制定によつて、土地台帳制度に移行し、民有地については、すべて地番が付され、土地台帳及び字図が作成されるに至つたが、国有地には地番の設定がなく、字図上道路として表示されていても、地番の記入されていない土地は、全部国有として取り扱われて今日に至つたものであると解することができるところ、成立に争のない甲第一五、第一六号証によれば、本件(4) の土地は字図上も黄色をもつて里道として表示され、明治初年に作成された野立帳にも道と記載されていることが明かであるから本件(4) の土地は里道として、国の所有に属するものといわなければならない。
(三)一、被控訴人等が共同して、本件(1) の土地上に家屋番号木造亜鉛引鉄板葺平家建倉庫一棟建坪三坪(以下本件(5) の建物と略称する)を建築所有すると共に、本件(1) (2) の土地上に水槽及び送水管等の水道設備を設置し、そのまわりに木柵を打つて、有刺鉄線で繞続し、本件(1) の土地から湧出する湧水を引水して、自家用水として使用していることは当事者間に争がない。
二、被控訴人等は昭和三九年二月頃、もと本件(1) の土地所有者であつた訴外穴井隆雄との契約によつて、その土地から湧出する水の利用権及び同人所有の本件(1) 、(2) の土地上を送水管で引水する送水権を取得し、それらの権利に基づいて右土地を占有使用しているものであり、その使用権はいずれも物権であつて排他的効力を有するものであると主張するので、次にこの点について判断する
(1) <証拠省略>総合すれば、昭和三六年頃、当時下筌ダム設置反対派の一人であつた訴外穴井隆雄が、熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕字鳥穴五、八二七番の三、同所五、八二八番の一、同所五、八土八番の二、同所五、八二九番、同町大字黒渕字天鶴五、八二五番の一所在のいわゆる第一次蜂の巣砦の飲用その他の雑用水として使用するために、その所有にかかる本件(1) の土地から湧出する水(以下本件湧水と略称する)を提供したので、ダム設置反対派の人々は、本件(1) 及び前記五、八二八番の一の土地上に貯水槽を設置すると共に、本件(1) の土地から本件(2) の土地を南北に斜断して、もと里道沿に送水管を敷設して、本件湧水を五八二八番の一の土地上の貯水槽に集水し、更にこの貯水槽から前記五、八二八番の二の貯水槽を経て、いわゆる第一次蜂の巣砦に引水してその用に供していたこと、ところが当時被控訴人等は、自宅における食水その他の家事用水に不足して非常に不自由していたので、昭和三九年二月頃、訴外穴井恵、同穴井隆雄、被控訴人等(知幸についてはその家人が知幸に代つて)が相談した結果、本件の湧水を自分達の食水その他の家事用水に使用することを決め、各自が費用、資材、労力等を出し合つて、いわゆる第一次蜂の巣砦から当時被控訴人知幸の所有であつた熊本県阿蘇郡小国町黒渕字天鶴五、八二六番の二の土地を経て、志屋部落にある被控訴人等及びその他の目宅に至るまで、ビニール製の送水管を敷設して送水を開始し、その後同年六月頃、被控訴人等が水の汚染や他人のいたずら等を防ぐために、本件湧水地集水設備の上に小さな建物(本件(5) の建物)を建設し、そのまわりに木柵をして有刺鉄線をはりめぐらしたものであることが認められる。右認定に反する甲第七、第三三号証、当審証人穴井隆雄、同岩井鉄太郎、同花篭秀輔の各証言は信用できず、他に右認定を覆すに足りる疏明はない。
とすると被控訴人等は昭和三九年二月頃、もと本件(1) の土地所有者であつた訴外穴井隆雄との契約によつて、その土地から湧出する水の利用権-その権利の性質については後に判断する。-を取得すると共に、本件(1) (2) の土地上を送水管で引水する権利-その権利の性質については後に判断する。-をも取得したものということができる。
(2) 次に被控訴人等は訴外穴井隆雄との契約によつて、取得した湧水利用権及び送水権(地役権類似の権利)は、いずれも物権であつて、排他的効力を有すると主張するけれども、民法一七五条によれば、第一に、物権法における公示の原則を貫くため、第二に土地に関する権利の単純化を図るため、物権は民法その他の法律(慣習法を含む)に定むるもののほか、新しい物権を作ることも、法律の定めと異なる内容を与えることもできないのである。
とすると被控訴人等が、訴外穴井隆雄との契約によつて取得した右の各権利は、穴井隆雄に対し、本件湧水の利用及び送水を請求することができる対人的権利で、本件湧水を直接且つ排他的に支配することができる権利であるとは解しがたい。
そうだとすれば、控訴人が本件(1) 、(2) の土地を訴外穴井隆雄から(1) の土地については昭和四一年二月一五日、(2) の土地については昭和四〇年五月一一日、それぞれ買受けてその所有権を取得し、その頃所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争がないのであるから、被控訴人等は右の各権利をもつて控訴人に対抗し得ない。
以上の次第であるから、控訴人としては、本件(1) 、(2) の土地所有権に基づいて、被控訴人等に対し、その占有の本件(1) 、(2) の土地、建物、水道設備全部及び木柵、有刺鉄線その他一切の工作物の撤去を求める被保全権利を有するものといわなければならない。
(四) 更に仮処分の必要性について判断する。
一、<証拠省略>を総合すれば、被控訴人知彦は昭和四〇年六月一一日頃、九州地方建設局の協力のもとに、その所有地であるいわゆる熊の戸水源から自宅まで送水管を敷設して、現に多量の水を引水しており、その水質は飲用に適していることが認められる。そして被控訴人知幸は知彦の実兄であつて、知彦と共同して本件(1) 土地内の水源(以下穴井水源と略称する)、同町大字黒渕字天鶴五、八二六番の一土地内の水源(以下室原水源と略称する)の湧水を利用している間柄であることは当事者間に争がないので、知彦からいわゆる熊の戸水源の流水使用権を容易に取得し得る地位にあり、且つ引水の方法も原審証人金山良治、当審証人岩井鉄太郎の各証言並びに原審及び当審における検証の結果を総合すれば、送水管を適当に接続する等して容易に引水できる状況にあることが認められる。
二、控訴人が訴外建設大臣を起業者とする筑後川総合開発計画に基づく松原下筌ダム建設事業並びにこれに附帯する事業の施行を実施中であることは当事者間に争がない。
<証拠省略>を総合すれば、九州地方建設局は昭和四〇年五月下筌ダム本体工事に着手し、ダム本体のコンクリート打ちは基本工程によると、昭和四一年一一月とされているが、コンクリート打ちをするには、打設用ケーブルクレーンを建設して効率的にコンクリート打ちをする必要があり、それと並行してスラストブロツクの掘さく工事も施行する必要があるが、そのケーブルクレーンの基礎工事ないしスラストブロツクの掘さく工事は遅くとも昭和四一年一〇月までに完成しなければ、同年一一月と予定されているダム本体のコンクリート打ちが遅れることとなるところ、前記送水管が敷設されているため、既に約一ケ月位右工事が遅延していること、のみならず、本件(1) 、(2) の土地は大体コンクリート打設のためのケーブルクレーン、スラストブロツク及びダム本体の設置場所であつて、右設置のため多量の掘さくを行う必要があるが、ケーブルクレーン設置のための掘さく土砂が直接斜面を落下し、前記送水管に相当の損傷を与えていること、スラストブロツク、及びダム本体の設置場所に送水管が敷設されているため送水管が撤去されなければ、掘さく自体が不可能となり、ひいてはダム本体の建設が不可能となることが認められる。右認定に反する疏明はない。
とすると本件仮処分における必要性についても、控訴人において、その疏明があつたものといわなければならない。
以上の次第で、控訴人の本件仮処分の申請は理由があるからこれを認容すべきものとし、原判決中控訴人の申請を却下したる部分は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 弥富春吉 内園盛久 川畑耕平)
物件目録<省略>